May 02, 2008

久々に ホルン教室へ

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この雰囲気 ひさびさ〜

画像は レッスン時間前 
 同教室内の スタジオを
1時間借りて( 有料 )の練習の様子。








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 帰りには 教室近くのドトールへ





 


 そのうち ドトールも… 12月の演奏会 直前に 
 楽器の個人練習のために通いつめていた カラオケ店のように
 (私の顔か ホルン背負っている姿をみて)
 『あ!こんにちは (^^) いつも ありがとうございます 』
 ……しっかりと カオを覚えられそうなイキオイです(笑)

ホルンを背負っているというと…
 
 

 12月の演奏会直前に スタジオ借りて練習した後 そのまま
 父の見舞いに行くために病院へ。

 父が病院の出口まで送ってくれるというので階下に行く途中
 担当医ほか複数の医師とすれ違い、

 医師『あ、それ? シンバル??? いや ホルンかな?(^^)』
 私 『ホルンです ^^  楽器お好きなんですか?』
 医師『けっこう好きなんですよ〜(^^)』 

その後 父親は医師に「ちょっと(前の検査の件で)話があるので…」
 と言われて 病室へ。

 私は「まぁ ひとりでも帰れるから ^^  お父さん またね!」と。

 でもその直後に 私は その医師たちにとめられて 
 別室で 家族の誰よりも先に 父の末期がん宣告を 聞いて、
 帰り道は(夜遅かったのですが)ずっと涙ボロボロで 
 どう帰ったのか 思い出せないくらい。

 この父親が医師に引き止められる様子(光景)は 今でも鮮明で
 なんだか この時が お別れというか 引き裂かれた感じというのか。

1月までは がんも末期の状態で
 手術も不可能であることを 父に告げなかったのですが…
 12月中は(一時退院した時など 自宅にて)
 父も(自分の友人等の話などからも)
「胃を切れば大丈夫♪ すぐ復帰だよ」と笑って言っていたけども、
 それを黙っているとか 普通に(?)接するというのも きつかった。
 でも、父は私の顔の表情とか ちらちらっとみて 
 様子を伺ってもいたような…… 気づいていたのかな。

 毎年のように健康診断はしていたけども(がんという診断はナシ)
 2006年だけ どうしてか?人間ドッグを受けなくて、
 ……このとき 受けていれば もうちょっと長生きできたのかな。
 でも、今考えても 亡くなったあとの悲しみよりも、
 生きているときに 症状でつらい思いをしているとか 
 どんどん痩せて弱っていく姿をみるなどのほうが つらい。
 本人は、ほんの数パーセントの確率でも 
 自分に合う抗がん剤がみつかるまでは 頑張ると前向きでしたが。
 (でも モルヒネ等での延命治療等は するなと(本人の意思))

 12月上旬 11月末からの検査入院が終わって
 抗がん剤治療をしながらも(通院ではなく 飲み薬をもらっていた)
 私が出演する 吹奏楽の演奏会に、
(仕事等で忙しい人だったので 最初で最後となってしまったけども) 
 聴きにきてくれたことも 忘れません。

yebypawka_mapt at 20:48 │Comments(0)この記事をクリップ!*。Horn 教室・*゜  | Hornの練習

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